はじめに
このブログの名前は three-days-monk、つまり三日坊主だ。過去にブログを2回始めて、どちらも5記事で終わった。去年再開したブログも2ヶ月で止まった。そんな私が、ギターだけは18年続いている。
プロではない。コンクールに出たこともない。人前で弾く機会もそう多くない。それでも辞めなかった。18年やってわかったことを、ここにまとめておく。クラシックギターを始めようか迷っている人、一度挫折した人に届けば嬉しい。
私のギター歴
先に経歴を書いておく。ギター歴18年、うちクラシックギターが15年、レッスンに通って10年。数字だけ見ると順調に積み上げたように見えるが、実態はまったく違う。
クラシックギターを始めたのは大学のときだ。だが、2年ほどで挫折した。ゼミで忙しくなったのと、単純にクラシックギターが難しかったからだ。「社会人になったら習おう」とだけ思って、いったん離れた。
ところが家に、貰い物の初心者向けエレキベースがあった。こちらにはまった。社会人になってからクラシックギターの教室を見つけ、ちょうど同じ頃フォークギターのコード弾きも楽しくなって、ギターに戻ってきた。以来、月1のレッスンを10年続けている。
エレキギターはクラシックに転向してからほとんど弾いていなかった。10年前に一度再燃したが、すぐ飽きた。それが去年からバンド活動を始めて、また再燃している。
要するに、一直線ではない。挫折もブランクも寄り道も全部ある18年だ。だからこそ書ける話がある。
クラシックギターの正直なところ
始めようか迷っている人のために、18年やった実感でメリットとデメリットを正直に書く。
メリット
一人で完結する。 バンドと違ってメンバーを集める必要がない。予定を合わせる必要も、誰かの機嫌をうかがう必要もない。弾きたいときに弾ける。
お金がかからない。 エレキならアンプやエフェクター、バンドならスタジオ代がかかる。クラシックギターはギターが1本あればいい。機材沼が存在しない、数少ない音楽趣味だ。
ギターという楽器の基本的な考え方が身につく。 これについては後で詳しく書く。
デメリット
独学が難しい。 フォームや音の出し方が独特で、我流でやると変な癖がつく。レッスン前提の楽器だと思ったほうがいい。
クラシック音楽に興味がないときつい。 弾く曲は基本的にクラシックだ。ポップスや映画音楽のソロギター編曲もあるにはあるが、正直、傍流である。プロは皆クラシックを通っている。当たり前だが、クラシックギターの曲はバッハやモーツァルト、ショパンといった他のクラシック音楽との関連が深く、曲の文法も基本的にはそれらに従って作られている。ここに興味が持てないと、練習が苦行になる。
仲間ができにくい。 バンドと違って基本一人。自由な反面、モチベーションの維持は完全に自分次第だ。しかも愛好者の年齢層は高めで、そもそも知名度がない。「クラシックギターやってます」と言って話が通じることは少ない。
こうして並べると、デメリットのほうが多い。それでも続いているのは、私がギターが好きで、クラシック音楽もそれなりに好きな変態だからだ。両方に当てはまる人には、これ以上ない趣味だと思う。
エレキやベースにも通じる。ただし混ぜるな危険
メリットの3つ目、「基本的な考え方が身につく」の話をする。
私はクラシックギターがメインだが、エレキギターとエレキベースもやっている。やってみてわかったのは、通じる部分と、混ぜてはいけない部分があるということだ。
ギター同士はある程度共通している。クラシックギターにチョーキングが無い、といった違いはあるが、根本は同じ楽器だ。
問題はベースだ。同じ指弾きでも、クラシックギターは右手の指を曲げて弾くが、ベースは指を伸ばして弾く。左手も、ギターはアーチを作って指先で押さえるが、ベースは指を寝かせてミュートに使うことすらある。もちろん流派もあるし絶対の正解は無いが、こういう細かい違いが積み重なっている。クラシックで指弾きをしているからベースもいけるだろうと思ったら、そもそもフォームが違ったのだ。
一方で、輸出できるものもある。音の並びと練習への意識だ。指板の上の音の配置という「地図」は楽器をまたいで使い回せるし、脱力やゆっくり練習といった「どう練習するか」の哲学は、どの楽器でも共通している。
フォームは輸出できないが、地図と練習哲学は輸出できる。これがクラシックギターで身につく「基本的な考え方」の正体だと思っている。
18年続けてわかったこと
ここからが本題だ。上手くなるコツではない。辞めなかった人間の実感だ。
辞めないことが、一番の成果
ギターを買った人の9割は1年以内にやめてしまう、とよく言われる。つまり、続いているだけで凄いのだ。上達が遅くても、毎日ギターに触っているだけでもっと凄い。
私はこの18年で、目に見える実績を何も残していない。それでも、続けたこと自体が成果だと思っている。ここで身についた継続力や忍耐力は、ギター以外のところでも役に立っている。
ブランクは終わりじゃない
私は2年で一度挫折している。でも戻ってきた。ベースに浮気して、フォークギターのコード弾きで遊んで、遠回りしてクラシックギターに帰ってきた。
離れることは終わりではない。寄り道だ。一度やめた人も、弾きたくなったときが再開のタイミングでいい。楽器は逃げない。
レッスンを続けているのは、サンクコストのおかげ
月1のレッスンに10年通っているが、「意味あるのか、やめようか」と思ったことは何度もある。それでも続けているのは、正直に言えばサンクコストだ。ここでレッスンをやめたら、ギターそのものをやめてしまう気がした。
サンクコストといえば、普通は「囚われるな」と教わるものだ。だが、こと趣味に関しては良い方向に働くことがある。やめる理由をひとつ潰してくれるのだ。ギターは決して悪い趣味ではない。だから、やめないための仕組みは多少不合理でも構わないと思っている。
基礎とは、一生付き合うものだった
18年やって、さぞ上手いのだろうと思われるかもしれない。現実はこうだ。いまだに脱力が課題で、左手の指をアーチ状にして押さえる形が課題で、右手の指を交互に弾くことが課題だ。全部、入門書の最初のほうに書いてあることである。
基礎は卒業するものだと思っていた。違った。一生付き合うものだった。そしてそれは絶望ではない。18年目でも伸びしろがある、ということでもあるからだ。
まとめ
クラシックギターは、地味で、難しくて、仲間もできにくい。それでも、一人で完結して、お金がかからず、音楽の土台を作ってくれる楽器だ。
三日坊主の私が18年続けられた理由を一言でまとめるなら、「やめない仕組みを作って、やめなかった」。それだけだ。上達は後からついてくる。というより、まだついてきている途中だ。
このブログでは、月1レッスンの記録や練習の気づきも書いている。18年目のアマチュアの格闘を、よければ覗いていってほしい。


コメント